第2章 闇を食む
一口に重力操作と云っても、彼女のそれは中也の異能力とは様相を異にする。
「重さの大小と、範囲を制御できるくらいです」
「範囲は」
「私の周囲手の届く範囲から、おそらく二km程度かと」
緩やかな浮力が中也を包む。無重力を思わせる空間が、翠を中心に広がり始めた。中也が地を蹴ると、通常では考えられない程の跳躍となる。天井を足場にして、再び地に足を付けると、今度は身体が重い事に気が付いた。先程まで浮足立っていた周囲のコンテナが、ガタガタと音を立てて床にめり込む。人の事を云た義理ではないが、天災を思わせるような光景だった。
「そのまま限界までいってみろ」
中也の指示に、翠は眉根を寄せた。
「建物が崩れます」
「それで良い」
どうせ空のコンテナを収納する倉庫だ。その承認に少し不服そうな表情を見せながらも、翠が従う。
鋼板の天井は落ち、窓が割れた。鉄骨が軋み始め、細いものから折れ曲がり始めた頃、中也自身も立っている事に限界を感じ、抵抗のために異能を展開する。
その瞬間、空間が捻じ曲がり、酷く眩しい光が飛び交った。重力と抵抗力の間で、ふたりの間にあったはずの空間が曖昧になる。遠近が綯交ぜになった渦の中で、中也は何かに吸い寄せられるような引力を味わった。流されてはならぬという警鐘の声と、このまま行き着く先は何かという好奇心が、せめぎ合う。
しかしその歪みは直ぐに搔き消える。何もかもが正常に作用する世界へと帰還した中也の前には、崩れかけた建物と、息を切らして脂汗を流す翠の姿があるだけだった。