第1章 Overture
手袋をはめた手で、ゆっくりと金色のドアノブを捻る。
当然と言うべきか、ロックのかかった部屋は開かない。
流石にここは開けっぱなしにする訳ないか、と妙に納得しながら、ドアを観察する…
旧式の鍵、と呼ばれる物ではない。
私の目線より少し上についた、緑のランプが光るパネルを開けてみる。
ピッと音を立て、赤い光がゆっくりと上下左右に走る。
高さとスキャンするような動きから察するに、虹彩認証で室内に入れるようだ。
――なら、中から出る時は?
よもや出る時には、面倒な認証など必要ない筈だ、と。
辺りをつけた私は、腰のボディバッグに入れている便利道具をまさぐり…
一枚の真白な上質紙、を取り出す。
茶色がかった再生紙が主流な中で、高いけれど一枚持っておいてよかった…そんな事を思いながら。
ドアの下にずっと差し入れ、さわさわと動かしてみる。
「…うーん…もう少しこっち?それともこっち?」
暫くそうしていると、ぴっ、と音が鳴り。
続いてカタリ、とロックの外れる音がした。
ドアノブを捻ってみると、案の定。
軽い力で、音も立てずにドアが開いた。
「…旧式のオート・ドアーと一緒の機構なんて。
ほんと、セキュリティ甘い」
人感センサーとやらに反応するように、白い紙で光を照り返してやっただけなのだけれど。
まるで魔法を使ったようなわくわく感に自己陶酔しながら…
何処に集音マイクが仕掛けられているともしれないな、と独り言の数々を反省する。
そして静かに、空高く上った月光が刺し入る豪奢な部屋へと、足を踏み入れた。