第1章 Overture
くるり、と塀の裏側に回り込み。
お目当てのトイレの窓を見上げる位置。
縦寸60センチ、幅寸は160センチ程あるだろうか。
横長の、空気を入れるための滑り出し窓…
ついている高さは2m強、と言ったところ。
真下まで歩み寄り、垂直跳びの要領で手を伸ばす。
窓枠を難なく掴み、ぐい、と自身を引き上げる。
(手が届く高さなら、入れない訳が無いのに)
噂通り、空いている窓。
ガラス戸の両端を持ち揺すってみると、ガチ、という音と共に戸がレールから外れた。
ハードの面…建物が堅牢なら、ソフトの面…カメラがどうにかなっても、大丈夫なのにな。
どちらも脆弱だなんて、入り込んで良いと言っている様なものだ。
でも、その理由なら分かりきっていた。
窃盗は重罪だからだ。
身分差が大きく、財力がものを言うこの世界。
他人の財産を脅かす者は、額によっては極刑にせしめたり――
殺人を犯しても、即極刑だなんてなかなかない。
人命よりお金に価値を置く国だと、外国から揶揄されて久しく。
ただ、実際に窃盗事件は減っているらしい。
片や、アッパーから少し歩くだけでも、飢えた人間達がひしめくスラムがあるのだ。
なんとも、歪んだ平和――
皆、盗みに入ろうとも、入られるとも考えない。
こちらとしては、有難いけど。
身体を横向きに滑らせ、入り込んだ建物内の床に降り立つ。
トイレを出て、真っ直ぐ建物の最奥へ…
首都銀行、頭取様のお部屋だ。