第1章 Overture
テーブルに置いていたテレビの電源を、殴る様に落とし。
マグカップの冷めかかった珈琲を一気にあおる。
「…今日も、美味しい」
そう呟いたと時を同じくして、アラームが鳴った。
スヌーズ機能ごとオフにし、シャッターを上げる。
ガラガラと音を立てて、外との境界は開け放たれ。
眩しいばかりの、真昼の光が差し込んでくる。
この光は、スラムにも差し込んでいるはずなのに――
感傷に浸りかけた頭を振って。
いつも通りの笑顔を作る。
私がいるのは、アッパークラスのオフィス街。
昼食時のビジネスマン達に珈琲を販売する、カフェワゴンの店員。
いつも通りの時間に、いつも通りの顔ぶれが集まってくる。
プライベートでは、此処の人達と交流する事なんてまずない。
その人たちの生まれも、職業も、果たして本当にアッパークラス…上流階級、なのかも知らないけれど。
毎日決まった場所で珈琲を売る内、顔見知りになる事も勿論ある…けれど、ただの顔見知り、それだけの筈だった。
その中に、あって。
「どーも、こんにちは。
ホットひとつ、貰えるかな?」
「…はい!お待ちくださいね!」
――私は、この男だけは何者かを、知っている。
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