第2章 Prelude
触れる、刹那。
思わずぎゅっと、目を閉じた。
すると、彼のくぐもった笑い声が小さく聞こえてくる。
「ふふ、取って食おうって訳じゃないのにー。
かーわいいっ」
からかわれた…!?
またどきり、と嫌な痛みが胸に走って。
悔しさなのか何なのか、もやもやとした気持ちで滲んだ視界を振り払う様に目を開く。
するり、と刑事さんの長い手指が、私の髪の毛を一房掬い。
すっとその唇に、押し当てた瞬間だった。
「…綺麗な髪。
これで済ませる、紳士な俺に感謝すべきだよ」
昨日の夜をなぞる様な、彼の振る舞いに。
どきどきと胸が逸るのは、捕まる恐怖からか…それとも、何か別の感情なのか。
こちらをじっと見つめてくる彼の目からは相変わらず、何の色も感じない。
整った顔立ちと、軽薄に弛んだ口元がミスマッチだ。
昼間のニュースで見せていた清廉潔白な刑事の顔は何処に行ったの、なんて噛みつきたくなるのを抑え、すっと目を背けた。
「送って下さって、有難うございました」
「いいえー。
ちゃん、さっきも言ったけど、ほんとにさ。
夜道とオトコには注意するんだよー」
やけに真面目な顔で、そう言うと。
彼は酷く優しく、名残惜しいとでも言いたいような柔らかさで、繋いでいた私の手を離した。
その手つきに、その表情に、思わず見惚れるように呆けている自分に気づき、きゅっと口の端に力を込める。
「…貴方が、それを言うんですか?」
精一杯の嫌味を言ったつもりだったけれど、彼はきょとん、と目を見開き。
それから口元を押さえて小さく笑った。
「ふふ、ほんとだー。
俺が言っちゃ、ダメなヤツだったね」