第2章 Prelude
きゅ、と。
手持ち無沙汰に、肩からかけた鞄の紐を握る。
相手が普通の男なら走って逃げてしまいたい所だ、けど。
こいつは警察だ。
変な動きをして、目をつけられちゃ堪んない…
普通の市民なら、こういう時は喜んで送られるのだろう、と腹を括る。
「では、宜しくお願いします」
「了解!
善良な市民を護るのが、俺の仕事だからねー」
かつかつと、二人分の足音が並んで響く。
柄の悪そうな酔っ払いがたまに此方を見てくるけれど、隣にいるのが今日一日ですっかり有名になった刑事だからだろうか。
すっと視線を反らしてくれるから、面倒に巻き込まれない点は感謝したい、けれど。
「ちゃん、好きな色は?」
「…黒」
「じゃあさー、好きな食べ物は?」
「…口に入れば、別になんでも」
徹頭徹尾、この調子。
ずっと黙っていられるのも困るけれど、これはこれで困る。
むっすりと返事を返しているのが伝わらない物だろうか、とため息をついてみるも、彼の言葉は止まらないまま。
そうして、やっと部屋を借りているアパートメントが見えてきた時にはほっと胸を撫で下ろしたくなるほどだった。
「好きな花は?」
「薔薇ですかね。
…着きましたよ、刑事さん。有難う御座いました」