第1章 Overture
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「…レディ?どうしましたー?」
顔の前でひらひらと手を振られ。
更には、レディ、と聞き覚えのある呼び方をされ、はっと我に返る。
「あ、すいません…
あの、もう一度注文をお願いできますか…?」
昨日の事をつい考えてしまって、おどおどとしてしまう私に。
彼はにんまり、と笑うと、ホットひとつねー、と繰り返した。
「んー、いい匂い」
「有難うございます」
「俺ねー、最近この辺で働き出したんだ!
だからちょくちょく通うと思うけど、宜しくねー」
「…こちらこそ、宜しくお願いします」
宜しくしたくないんだけど、とは勿論言えず、コーヒーを手渡す。
「ありがとー、レディ」
昨日の不思議な蠱惑的な雰囲気は、形を潜め。
ただ愛想の良い、軽いお兄さん――
レディ、って呼び方は気にかかるけど、女とみれば皆にそう言っているのだろう。
深く考えちゃダメだ、と頭を振るう…
「あの、すいません!」
「先程テレビに出てらした方ですよね…!?」
「…あ、俺ってば有名人になっちゃった感じ?」
その会話を聞きつけた、周辺の人達がわらわらと集まってきて。
カフェワゴンの前は黒山の人だかりが出来た。
テレビ、という言葉が引っかかった私は、急いでさっき叩き切ったテレビの電源をオンにする。