第1章 Overture
からかう様な口調に、かっと頬に熱が刺す。
くつくつと笑うと、男は私の被っていたキャスケットを取った。
ふわり、と落ちた髪をひと掬いし、毛先に唇を寄せられるのを、まるで悪い夢のようにただ見つめる。
「少し栄養が足りてないみたいだけど、つややかな髪。
真っ黒で、綺麗」
そう言うと、男はすっと身を離した。
自由になった腕でどうしてやろうか、と考えるけれど、彼が纏う雰囲気には一分の隙もない様に見える。
「ほんとは、その顔も拝見したいところだけど。
今日はこれで我慢しておくねー。
…またすぐ、会えるだろうから、ね」
ぽん、とまたキャスケットを被せられ。
そのままの勢いでぐしゃり、と頭を撫ぜられる。
「会えてよかった、レディ。
じゃね、良い夢を」
男が身を翻し去っていくのを、何も出来ずに見つめながら。
ほんとに、捕まえようとしなかった――
ポケットの中の宝石がそのままなことを、確認する。
そして、長居しても良い事は無いだろう、と我に返り、背後の窓を押し上げた。
随分な時間を、此処で過ごしてしまったらしく。
だいぶ傾いた月が、もう朝に近い事を教えてくれる…
周りには、人っ子一人の姿もない。
急がなきゃ、と…頭を過ぎる悔しさめいた感情を振り払いたくて、私は思い切り跳ぶ――