第1章 Overture
「君が何のために、盗みなんてしてるのかは知らないけど」
言いながら、彼はコツコツと。
エンジニアブーツの踵を鳴らし、此方に近付いてくる。
それに合わせて私も後ずさるけれど、後がないことくらい分かっている。
姿を見られた、咄嗟に懐に入れた宝石にも気付いているだろう。
捕まれば、極刑も有り得る――
「こんなデカい銀行に入り込むくらいだからさ?
もし、仲間や後ろ盾がいるなら」
パーマがかっているのか、軽やかな毛先が揺れるのに、何故か妙に気を取られながら。
トン、と壁に背が当たったのに気付く。
対して男は、すっ、と距離を詰めてくる。
情けなくも、身体は震えて動かない…男の茫洋とした雰囲気に呑まれてしまったかのように、目を見つめ返したまま。
男は私の黒づくめの服装の中で唯一、あらわになっている首元に掌を沿わせた。
絞められるのか、と身体を強ばらせる、喉が驚きでひゅっと鳴る。
「…ふふ、かわいー声。
ほっそい首」
するり、と首筋を撫でて離れていく白い手を、目で追い。
そこでやっと、魔法が解けたように我に返る。