第3章 黒の時代(本章)
襲撃者は拳銃を構えていた。
銃口は治ちゃんに向けられ
射程圏内だった。
襲撃者を撃つにしても
私も織田作も下手に動けない。
治ちゃんは「おやおや」と
少し驚いた様子だ。
「あれだけ葉琉ちゃんの攻撃を受けて立ち上がるなんて
驚異的な精神力だね」
「太宰、じっとしていろ。
俺が何とかする」
織田作はゆっくりと拳銃に指を伸ばす。
「私のすぐ目の前に
これほど殺意ある銃口を向ける事に成功した者はいなかった」
治ちゃんは襲撃者に歩み寄って行った。
「治ちゃん、やめて」
私は抑えた声で言った。
「君が指をほんの少し曲げるだけで
私が最も待ち焦がれたものが訪れる。
私の唯一の懼れは
君が狙いを外す事だ」
治ちゃんは微笑みながら
さらに近づく。
「撃っても撃たなくても
君は殺される。
なら最後に、敵幹部を葬ってみせろ。
………頼むよ。
私を一緒に連れて行ってくれ。
この酸化する世界の夢から醒めさせてくれ。
さぁ、さぁ」
襲撃者の指に力が籠る。
織田作と襲撃者が
ほぼ同時に撃った。
腕を撃ち抜かれた襲撃者が衝撃で回転した。
至近距離から額を撃たれた治ちゃんが大きく仰け反った。
回転する襲撃者に向けて私は再び
氷の礫を浴びせた。
襲撃者は再び起き上がることはなかった。
「………残念だよ。
また死ねなかった」
治ちゃんの側頭部から血が出ていた。
弾は逸れたようだった。
「悪いね、吃驚させて」
私達の視線に気付き
治ちゃんが笑った。
「葉琉ちゃん。
そんな顔しないで。
あいつが外すことが判っていたのさ。
あとは、君と織田作が何とかしてくれる。
そう踏んだのさ。
お願いだ。泣かないでくれ」
気がつくと私の頰には
温かいものが流れていた。
治ちゃんはゆっくりと私に近づき
親指で涙を拭ってくれた。
「済まない。
君を泣かせるつもりはなかったのだ」
「大丈夫。判ってるよ。
治ちゃんが何事もなくてよかった」
そう言って笑った私に
治ちゃんは少し悲しそうな笑みを浮かべた。
織田作は
銃をホルスターに戻し
私達に背を向けて歩いて行った。