第14章 【SS】慰安旅行
太宰の話を聞いていた中也が少し考えて尋ねた。
「だが、【漂泊者】も完全じゃァねぇ。長くても数分だ。それは手前がよく判ってるだろ」
「それは私達が知っている【漂泊者】が"完全な物"だった場合だ。葉琉にも葉月ちゃんにも、まだ眠っている力がある。その力が目覚めた時、唯時間を数分凍らすだけでは無く、異能をも凍らせる絶対零度の力が備わっても可笑しくない。それこそ、私の異能すらも凍らす程のね」
中也の額に一筋の汗が流れた。
「…そりゃァとんでもねェ能力だな。それで、その『夢の旅人』って奴は葉月を捕まえて葉琉に能力を戻そうとしてるっつう訳か」
「正確。まぁ、ここまで話せば流石の中也も判るか」
「ンだと、この野郎」
「まぁまぁ。だけど彼は葉月ちゃんに遭っておき乍、そうしなかった。それはたぶん、葉月ちゃんが自力で能力を目覚めさせる事が出来て、それを葉琉に譲渡する目処がたったからだ」
中也はハッと気付き「まさか…」と呟いた。太宰もそれに頷く。
「組合戦についても彼が一枚噛んでいる可能性はある」
二人の間に少しの間沈黙が流れた。その沈黙を破るように中也が「はっ」と笑った。
「随分頭のキレる野郎だな。今回は表に出て来なかったが、また痺れを切らして葉月達を掻っ攫おうとする可能性もある訳だ」
「そう云う事。中也は精々、自分のお姫様を守り給えよ」
太宰はそう云ってヒラヒラと手を振りトイレから出ようとする。
「なァ、太宰」
中也の言葉で脚を止める。
「何?」
「葉月が狙われる可能性があるっつうことは、葉琉も狙われる可能性があるっつうことだ。手前は葉琉を…」
「葉琉は渡さない」
太宰は中也の言葉を遮るように告げた。そして中也へ振り返る。その瞳は何時もの剽軽な物と違い、黒い何かを宿していた。
「葉琉を守る為なら、私は何だってするよ。中也」
そう告げて、次は脚を止めることなく出て行った。