第14章 【SS】慰安旅行
太宰がトイレに入ると、先客がいた。朱色のパーカーを着た小柄な男で、見覚えのある黒帽子を被っていた。
「げっ」
太宰は思わず声を出した。先客の男がゆっくりと振り向く。
「あァ?何で手前がこんな処に居ンだよ」
明らかに不愉快そうな表情を浮かべる男はポートマフィアの中原中也だった。
「あーぁ。折角の慰安旅行が中也の所為で台無しだ」
「そりゃァこっちの台詞だ!手前等と違って俺達は約一年振りの休暇だ。そンな日に何で手前と顔を合わせなきゃいけねぇんだ!」
太宰は仕様がなく中也の横に並んだ。
「俺達?何だい、中也。葉月ちゃんとお泊りデートかい?」
「手前にゃあ関係ねェだろ。……おィ、太宰」
「何だい、中也」
中也は手洗い場へ移動し乍「手前は葉月達の事、何処まで知ってンだ?」と尋ねた。
「何処まで、ねぇ。じゃあ逆に、中也は何処まで知ってるの?」
「……彼奴の能力についてと、葉月の躰がもうボロボロだってことだ」
「概ねその通りだよ。後は能力の完全な譲渡まで葉月ちゃんが耐えられるか、だ」
太宰も手洗い場へ移動する。
「二人を狙ってる『夢の旅人』さんについては?」
「『夢の旅人』?……そう云やァ西方で遭ったぞ。確か、何度か葉月と対峙してやがる」
「たぶん、彼女は中也には話さないだろうね。だからこれは一つ貸しだよ、中也」
「けっ!手前に貸しを作るなんざァ癪だが、この際そうも云ってられねェ」
太宰は洗い終わった手をぶらぶらとし、水を飛ばす。
「如何やら『夢の旅人』さんは葉琉と葉月ちゃん、二人の能力を狙っている。正確には葉月ちゃんの能力が合わさった葉琉の能力だ。彼が長生きなのは知ってる?」
「あァ」
「彼は異能の力で現世に留まっているだけの夢の具現だ。彼はその夢を覚まして欲しいそうなのだよ。つまり、自殺志願者だ。まぁ彼の異能を止める方法は幾つかあるけど、いま一番現実的なのが葉琉の能力を完全な物とし、世界すらも凍らす力で夢を凍らせることみたい」