第12章 双つの黒と花の役割
首領は一瞬驚きの表情を見せ「…興味深い提案だ」と目を細めた。
「理由を云う。まず第一に…」
「T・シェリングを読まれた事は?」
首領は不敵な笑みを浮かべ乍、社長の言葉を遮った。
「……何?」
「J・ナッシュにH・キッシンジャーは?」
そこに言葉を挟んだのは太宰だった。
「孰れも戦争戦略論の研究家ですね。昔、誰かさんに教え込まれた」
「…孫子なら読むが」
「国家戦争とマフィアの様な非合法組織の戦争には共通点があります。協定違反をしても罰するものが居ない。停戦の約束を突然マフィアが破ったら?探偵社が裏切ったら?損をするのは停戦協定を信じた方のみ。先に裏切ったほうが利益を得る状況下では限定的停戦は成立しない。あるとすれば完全なる強調。だが…」
「それも有り得ない」と太宰が続けた。葉琉は後ろで目を伏せた。
「その通り、マフィアは面子と恩讐の組織。部下には探偵社に面目を潰された者も多いからねぇ」
「私の部下も何度も殺されかけているが?」
「だが死んでいない。マフィアとして恥ずべき限りだ」
社長は「ふむ…」と少し考えた。そして「では、こうするのは如何だ?」と提案した。
「今、此処で凡ての過去を清算する」
その言葉と共に凄まじい殺気が社長から溢れた。首領の後ろに居た黒蜥蜴も異変を察し、立原と銀が前へ出た。広津は前に出ない。たぶん、この後の展開を予想出来たのだろう。この場には彼女より速い者などいない。伏せていた目を上げ葉琉は社長と首領の横をすり抜け、立原の前に詰める。素早い蹴りが立原を吹き飛ばし、続いて銀に迫り同じく蹴り飛ばす。二人は何が起こったから判らず、唯驚いていた。
「駄目だよ、二人共。此処で手を出すのは野暮だよ」
葉琉の冷ややかな表情に二人は動けずにいた。