第10章 嵐の前の喧嘩日和
葉琉は一度彼女に遭っていた。咄嗟の判断で身構えた。それに瞬時に気が付いた敦が葉琉と少女の間に入った。
「葉琉さん!落ち着いて下さい。彼女は悪い子じゃないんです」
少女はすっと敦の前に出た。そして葉琉を見つめた。
「私の名前は泉鏡花。六ヶ月で三十五人殺した。あの時は…ごめんなさい。故あってこの探偵社に置いてもらえる事になった」
鏡花と名乗る少女の瞳は本気の色をしていた。彼女も、もう人を殺したくは無いのだろう。そう読み取れた。葉琉は警戒を解くと鏡花の頭にぽんと手を乗せた。
「私の名前は萩原葉琉。宜しくね、鏡花ちゃん」
鏡花は少し照れた様に俯いた。それを見ていた敦が「何だか、お二人って似てますね。まるで姉妹みたいです」と言った。葉琉と鏡花は目をパチクリさせて驚いた。確かに、黒っぽい髪を二つに縛っているところなど、共通点は有った。しかし、敦をそう思わせたのは鏡花が葉琉に頭を撫でられた時の態度だろう。無意識なのだろうが、鏡花が安心した様な表情を見せたのだ。それは子が母を見つけた時の様な、そんな表情だった。
「貴女といると、何だか安心できる」
ぼそりと呟く鏡花に堪らず笑顔が溢れる。そしてまた、鏡花の頭を撫でた。
「ところで葉琉、太宰はどうした?」
机に戻ろうとしていた葉琉に国木田が尋ねた。何れ聞かれると思っていた事だが、あまり聞いて欲しくない事だった。
「さぁ、知らない」
投げやりに答える葉琉を訝しげに見る国木田。敦も心配そうに此方を見ていた。
「何だ。お前等喧嘩でもしたのか?」
「別に喧嘩じゃないもん」
「喧嘩してる奴はそう言うぞ」
葉琉は押し黙った。国木田は溜息を吐くと「さっさと仲直りしろよ」と言って仕事に戻った。