第8章 ヨコハマの破落戸
「痛ッ!痛いよ葉琉。優しくしてくれ給え」
部屋に入ると扉を閉め、乱暴に手を離された太宰は打ち付けた頭を摩っていた。
「なんだい?嫉妬かい?」
「プリンだって言った筈だけど」
「それは済まないと思っているよ。必ず埋め合わせをするよ」
何時も通りにっこりと笑う太宰。太宰を怒っても何時もの調子の為、葉琉も毒気を抜かれてしまう。はぁ、と溜息をついた後、それでーと別の話題を切り出した。
「あの依頼人は何?」
「何だろうね。依頼内容を聞く前に葉琉に連れ出されてしまったから」
「……治ちゃん、何を企んでいるの?」
「何故、企んでいると思うんだい?」
葉琉は言葉に詰まった。これは勘みたいな物だったからどう伝えたら良いか悩んでいた。
「…匂いがしたの」
「匂い?」
「懐かしい匂い」
太宰は驚いた様に葉琉を見ている。しかし、直ぐにその表情は微笑みに変わり俯いている葉琉の頭を撫でた。
「葉琉、君が心配している様な事にはならないよ」
「……うん」
太宰の手はとても心地よかった。葉琉の頭から手を離し、行こうと葉琉の手を取り部屋を出た。
事務室では敦と谷崎が調査の準備をしていた。葉琉は国木田の所へ行った。
「国木田君、ご迷惑お掛けしました」
「解決したのか?」
「うん、少し気になる所はあるけどね」
「そうか…おい、小僧」
国木田は葉琉との話をきりあげ、敦を呼んだ。
「この街で生き残るコツを一つだけ教えといてやる」
そう云うと手帖から一枚の写真を取り出した。
「こいつには遭うな。遭ったら逃げろ」
「この人は?」
敦はまじまじと写真をみつめている。その横かはひょっこりと顔を出した太宰が「マフィアだよ」と答えた。
「尤も、他に呼びようがないからそう呼んでるだけだけどね」
「港を縄張りにする兇悪なポートマフィアの狗だ。名は芥川。マフィア自体が黒社会の暗部の更に陰のような危険な連中だが、その男は探偵社でも手に負えん」
「何故、危険なのですか?」
「そいつが能力者だからだ。殺戮に特化した頗る残忍な能力で、軍警でも手に負えん…俺でも、奴と戦うのは御免だ」