第8章 ヨコハマの破落戸
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喫茶店を後にした私は軽い足取りで家路に着いた。こんな明るい時間から帰宅するのが珍しいのか、非番に出社していたのが珍しいのか判らない。でも何故か特別な気分だった。
「ただいまー」
返事がない事は判っている。習慣なのだ。以前住んでいたマンションとは違い、探偵社の寮は和室のワンルーム。しかし、苦痛に思った事は無かった。それよりも独りが慣れなかった。そんな時は治ちゃんが遊びに来る。何時もの調子で鍵も渡してないのに勝手に入ってくる。今ではそれも習慣なのかもしれない。
「却説、プリンはーっと」
冷蔵庫を探すが見つからない。
冷蔵庫にはそんなに物が入っていない為、探すのは簡単だ。しかし、見つからないのだ。
昨日は何時も通り治ちゃんが来て、夕飯を食べ、帰って行った。
「まさか…」
犯人は一人しか居ない。私は先刻帰ってきたばかりの家を飛び出し、探偵社に向かった。
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ーー探偵社事務室ーー
谷崎、ナオミ、太宰、国木田、敦は依頼人と会っていた。谷崎が調査の内容を確認しようとした時、太宰が依頼人の女性の手を取った。
「美しい…睡蓮の花のごとき果敢なく、そして可憐なお嬢さんだ」
女性は急な出来事に呆気に取られている。
「どうか私と心中していただけないだろう…」
バタンッー
探偵社の扉が開いた。そこに立っていたのは先刻帰ったばかりの葉琉だった。太宰は心なしか顔色が悪くなった気がした。葉琉はそのまま太宰の元へ歩み寄った。
「ねぇ、治ちゃん。私が楽しみにしてたプリン、食べた?」
「あ…いや…お、落ち着くんだ。話し合えば…!」
葉琉は太宰の首の後ろを掴み、国木田を見た。国木田もどうぞと言わんばかりに道を開けてくれた。葉琉はそのまま太宰を引きずって奥の部屋へ入って行った。