第8章 【刀剣乱舞✕色々】チートな幼女の過去話
言うやいなや御前はまるで私の存在を認知したかのように振り向いた。つうと冷や汗が伝う。
だがすぐに、私を見たのではないと知ることになる。
ざぱ、と蹄が草木を踏む音がした。
振り返ると近づいてきていたのは、美しい黒髪をたなびかせた人馬、速魚(はやめ)殿だった。
つまり御前が見ていたのは速魚殿。
焦り損と言うやつだ。嗚呼、なんと恥ずかしい。
彼女は御前と目を合わせると膝を折り、しゃがみこむ。
そして、なるべく振動を与えないように同田貫殿を乗せた。
速魚殿の背にもたれかかる彼は、薄ら目を開き浅い息をしているのみ。
御前は小さな手で同田貫殿の頭を優しく抱き締め、一つ息を吸った。
「沈む鳥 明けの鳥
冬を渡り夏を飛び、春を歌い秋を食む
沈む鳥 明けの鳥
星の光は竜の灯火、黒は愛し子 夢に癒(い)ゆ」
何度か耳にした事がある呪文が歌われ出すと、どこからか現れた淡く光る幾羽の鳥が同田貫殿の周りをひらりと飛んだ。
それらは羽ばたく度、輝く粉をちらちらと零していく。
相変わらず幻想的な光景だった。
同田貫殿の表情は苦しげなものから、安らかなものへと変化する。呼吸も随分と楽そうになった。
御前は抱き締めていた腕をゆっくり外し、同田貫殿の頭を優しく撫でた。
彼が擦り寄ったのを見届けたところで、速魚殿が折っていた膝をゆったりと伸ばしだした。
速魚殿が完全に立ち上がると同時に、また蹄の音が後ろからする。
「丁度いい頃合いだったようだな」
「松風(まつかぜ)」
現れたのはくすんだ朱色の頭髪を雄獅子の鬣(たてがみ)の如く伸ばし、筋骨隆々の体躯に誰かを乗せた男の人馬、松風殿だった。
さらにその後ろから、長い真白の頭髪を三つ編みにし、首に緩く巻き付け。黒味がかった赤褐色の肌をした男の人馬、織部(おりべ)殿もやって来る。
織部殿も誰を乗せていた。
誰を乗せているのかと不謹慎にも好奇心が勝り、近づき覗き込んで絶句した。
二人の背に、ぐったりと気絶し乗っていたのは我が弟の乱藤四郎と蜻蛉切殿。どちらも重傷だった。
特に蜻蛉切殿の傷は多くどれも深く、流れ出る血は松風殿の四足を赤く染め上げていく。
どうしてこんな事に...。
いやそもそもこんな事があった事を、私は知らない。
知らされていないのだ。
呆然と見つめていると松風殿は速魚殿を見て、何か合図をした。