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混合短編集

第8章 【刀剣乱舞✕色々】チートな幼女の過去話


歩幅の狭い足跡は真っ直ぐに広間を縦断し、正面にある白い扉の前で止まった。
真白の扉は例に漏れずじわりと色付き、徐々に朽葉色に染まる。

がちゃり、と音が聞こえたと思えば色無しの取手が赤銅色へと変化した。
これは解錠した音だと捉えていいのだろうか。

恐る恐る手を伸ばし、取手を掴もうとした瞬間。

「うッ」


すかっと、存在する筈のどあのぶを掴み損ね、実際に掴んだのは虚空。

体勢を崩し、転がり込むように目の前の扉をすり抜け、勢いをそのままに部屋へと入った。

鍛えていようとも、流石にこれは想定外すぎて対処適わず。
入った先の部屋で盛大に物音をたて、がくりと膝をついてしまった。


まずい。
この部屋は薄らと気配がしていたから、気取られまいと細心の注意を払っていたというに!
なんてことだ。気づかれてしまったかもしれない。
いや、完全に気づかれただろう。

さあっと血の気が引き、背中に冷や汗が伝った。



しかし、部屋の中にいた気配の正体である二人の男女はこちらに背を向けたままで。
これっぽっちも気づいていないようだった。

思わず、安堵の溜め息が洩れた。

あれだけ盛大な音をたてたというに、二人はまるで私をないものとして、穏やかな会話を続けている。
よくよく聞けば、話題は腹に宿った赤子の事。


「ほら、聞こえるでしょう?」

「聞こえるさ」

女性は意匠を凝らした椅子に腰掛け、大きなお腹を優しく撫ぜている。
その傍らで膝まづき女性の腹に耳を当て、音を聞いている男性。
顔が見えないため、どんな表情をしているか分からないが、どちらの声色もとても幸せそうだ。
何故幸せそうなのか、気になった。


(ん?)

和やかな男女を見ていて、ふと、ある事に気づいた。
この二人が私に気づいていないのではなく、私が存在していないことになっているのではないか、と。

実際に、先程の私の溜め息にも無反応だったから。

なんとはなしに、ちろ、と足元に目をやればそこに有るべきものが無かった。


(影が、ない)

何処で、誰と、何をしていようと常にそこに在った影が、どこにも無かった。
つまりはそういう事なのだろう。
楽しそうな二人には影が有り、ただ見ているだけの私には影が無い。

私はこの部屋に、この空間に存在しないことになっている。らしい。
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