第1章 お兄ちゃんと呼ばないで/hr
店の前でふたりきりになると、先程まで泣きじゃくっていた酔っ払いのヒラさんから、いつも通り穏やかで世話焼きの優しいヒラさんの雰囲気に戻っていて、彼は弱々しく笑って見せた。
「……ごめんね、せっかく楽しい飲み会だったのに、俺が邪魔しちゃって」
「いえ、邪魔だなんて、」
「せめてお家まで、送ってくから。行こっか」
彼はいつものように手を差し伸べてはくれなかった。
無理に普段通りを装っていても、やはり結構なアルコールが回っているらしく、私の先を歩いていく彼の足取りはふらふら危なっかしい。先程の件で、かなり落ち込んでいることは一目瞭然。
私は咄嗟に、彼の手を掴んで引き止めていた。彼が驚いて振り返り、真ん丸に開かれた目が私をまじまじと見下ろしている。
このまま、何も言わずに帰っちゃ、駄目だ。彼はきっと悲しい勘違いをしてる。違うって、言わなきゃ。嘘ついてごめんなさい、って──私。
「私、平井さんのこと、好きです」
ふぇっ、と変な声が彼の口から溢れた。
「夢子、ちゃん? なに、言ってるの。そ、れは、おにいちゃんとして、でしょ?」
「ち、違います! 違うの、私、さっきは本当のことを言うのが恥ずかしくて、お兄ちゃんみたいな存在って、嘘を答えてしまっただけなんです。ごめんなさい。本当は、私、ヒラさんのこと、好きです。1年前、初めてあった時から、ずっと好きでした。もちろん、お兄ちゃんじゃなくて、ひとりの男性として。私にとってあなたは、あったかくてやさしくて、いちばん──だいすきな、ひとです」
「ぅ、え、ほん、ほんとに?」
「は、い……」
また彼の目からぽろぽろと涙が溢れ出した。私は慌てて鞄からハンカチを取り出して、目元をよしよし拭ってあげる。なんだか、いつもと反対だ。
「そう、だったんだ……。おれ、夢子ちゃんに、男として見られてないのかと、思って……勝手にショック受けて……ご、ごめんね、取り乱しちゃって、へへっ、かっこわるいね」
「いいえ、酷いことを言ってしまったのは、私ですから。嘘ついて、ごめんなさい」
「もう謝らなくていいよ、ハンカチありがとう、夢子ちゃん。うん、そうだよね。よく考えたら、夢子ちゃんはあんな腹黒いアバズレ女じゃないもんね、純粋で優しい良い子だもんねー」
「?」
「えへへ、なんでもないよ、こっちの話」