第4章 ともだちのこいびと/fj
扉を開けて、元気いっぱい「ただいまー!」と帰宅する彼。恋人からの出迎えの声はない。当然だ。
彼はそんなこと御構い無しに、ばたばた嬉しそうに廊下を駆けていく。俺も黙ってその後を着いて行った。
廊下の先は、彼の寝室──兼、いわゆる実況部屋ってやつだ。彼の好きなバンドのポスターが貼られていたり、何だかよくわからない謎の生き物(目玉の怪獣メダマンだっけ)と目が合ったりする。あいからわず、フジらしい部屋だった。紫色のカーテンは今日もきっちりと閉まっていた。
だけどそこに、彼以外のひとの気配なんて、ない。
「藤原……」
「んん? 何だよ平井、なんか本名で呼ばれんの久しぶりだなあ」
「……そう、だね。いや、何でもないんだ、ごめん、気にしないでよ」
「あっ、そう?」
藤原には、長年付き合っている恋人がいる。
清川も、幸介も、知っている。
知っているけど、知っていて、知らないふりをしている。
俺も、そうだ。
「ったくもう、変なやつだな〜。何でもないって言われると余計気になっちゃうよ。なあ、夢子ちゃん」
恍惚と笑みを浮かべる彼の目線の先には、それはそれは美しい女性──の描かれた、絵画がある。
彼は絵画の中の恋人を火がつきそうなほど熱く見つめて、絵の具で塗られた顔の輪郭を指で愛おしげになぞった。
……何度見ても慣れない光景だ。
ぞわり、背筋に悪寒が走り、嫌悪感か自然と両の拳に力がこもる。でも、俺は、いつものように笑うことしかできない。
「フジの彼女さんが、あんまりにも綺麗だからさ、見惚れちゃった。えへ」
「アはッ、ひとの恋人を口説くのはやめてくれよ、ヒラ。事実とはいえ、夢子ちゃん照れちゃうべや」
「でも、ほんとう、だから」
ああ、本当に、うつくしい。
何も、何にもおかしいことなんてないさ。
彼女は、微笑み以外を見せない照れ屋さんなだけ。言葉を全く話さない無口なだけ。自ら歩くことも出来ない不自由なだけ。食事もしない拒食症なだけ。
彼の恋人は、恐ろしいほどに綺麗なだけ。
ただ、それだけの話。
-了-