第1章 お兄ちゃんと呼ばないで/hr
「うああぁっ、また、またソレかァッ、俺は結局、好きな子にどんなアプローチしても、都合の良い男としか思われないんだあ! うぅッ、ゔあ"ぁーっ!!」
都合の良い男だなんて、わ、私そんなこと言ってないし、思ったこともないのに。なんで……ん? あれ、今、ヒラさん好きな子って。
「あちゃー、いくら嘘でもそれは禁句だったねえ、夢子ちゃん……」
フジさんの言葉の意味が理解できない。しかし、その言葉はますますヒラさんの心を傷つけてしまったみたいで。
「なにそれ!? 嘘!? 俺は夢子ちゃんにとって、お兄ちゃんですらないの!? 何! 俺って何なのッ、夢子ちゃんにとって、俺はATMでも、都合の良い男でも、無いの……? そんな……おれは……ッ、ぐすっ」
ヒラさんは私越しにフジさんを問い詰めながら、しゃっくり混じりに小声で言った。
「ひっく……うっ、おれぇ……夢子ちゃんのこと、すき、だったのにぃ……」
──え?
時が止まったように、私の思考も体の動きもピタリと固まった。泣きながら吐き出された彼の言葉を、理解できなかった。意味は、わかっている。でも、信じられなくて、嬉しさより驚きが優って、頭の中がぐるぐるする。
だけど心臓だけは、皆さんに聞こえてしまうのではないかと思うぐらいの早鐘を打っている。
「あー……っと、よし! 夢子ちゃん!!」
「は、はい!?」
こーすけさんに名前を呼ばれて、ハッと我に返る。机を挟んでがっしり両肩を掴まれた。
「ヒラのやつ、かなり酔っ払ってしまったみたいだ! いやあ大変だ!! ってなわけで悪いけど、こいつを家まで送り届けてやってくれないか!? 俺たちはまだまだ飲んでいくから、ヒラのことよろしくな!」
それは私に拒否権のない言葉だった。
「ううう、もういやだあ……おれも店に残るぅ……今夜はヤケ酒するんだァーッ! ウワァン!!」
「はいはい、ヒラくん駄々捏ねないの。もうお家に帰りましょうね〜」
フジさんに無理やり抱え起こされて、ずりずりと店内を引き摺られるヒラさん。私は彼と共に、皆さんから追い出されるように居酒屋の外へ出た。
去り際、キヨさんに爽やかな笑みで「まあ後は頑張れよ!」と肩ポンされたこと、大変腹が立ちましたので、いずれ何か仕返ししてやろうと思います。