第3章 かわいいヒーロー/hr
ぜえ、ぜえ、と息が切れるほど全力で走って、駅の近くにある交番の前で立ち止まった。恐る恐る後ろを振り返る。あのしつこい男たちも、さすがに追いかけてくることはなかったようだ。よかった。
「ひら、さん」
ありがとうございます、と言いかけて、言えなかった。前を向いた途端、彼の両腕の中へ引き寄せられて、力いっぱい、抱き締められていた。
「ごめん、ごめんね、夢子ちゃん。俺が迎えに行くの遅れたせいで……!」
怖かったよね、変なとこ触られてないかな、ごめんね──。
何度も何度も彼は謝って、私の頭や肩、二の腕、手首、背中も腰も、手の届く範囲をひたすらに撫でた。まるで奴らに触れられた気持ち悪さを消すように、上書きするように。さっきのような不快感は一切無かった、少し擽ったい程度だ。寧ろ彼の優しい手に触れられるのは、心地良くて、好き。とっても安心する。
彼はしばらくして、ここが駅前の大通りであることを思い出したようで、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら私からそっと離れた。でも、私の両手だけはぎゅっと握り締めて離さない。じっと真剣な表情で私を見つめる。
「もう、大丈夫だからね」
「はい。助けてくれて、ありがとうございました」
「俺の大好きな彼女さんだもん、当然だよ。寧ろこういう危険性を日頃から考えておくべきだったよね、油断してた……ほんと、ごめん……」
「そ、そんなっ、もう謝らないでください。ナンパ? ですよね、ああいう体験は私も初めてでしたし、」
「あんな悪い輩から君が絡まれないようにするには、どうしたら良いかなあ。俺が常にそばに居てあげられたら、一番なんだけど……でも、さすがに毎日夢子ちゃんを送り迎えは出来ないし……いや、してあげたいけど……そうだ、防犯ブザーとか持たせて……盗聴……」
「あの、ヒラさん、」
「……いっそ、首輪……ブツブツ」
あっ、駄目だ。ひとりの世界に潜り込んでしまった、こっちの話まったく聞いてないですね。