第10章 近くて遠い、あと一歩
「この天使みたいな子、めっちゃかわいいなあ」
「なるほど、ルトくんにはそう見えるんですね、ふふ」
「えっ、これ天使ちゃうの!?」
「うーん、どうかなあ、絵をどんな風に見るかは人によって違う方が面白いと思うから、私からは何にも言わないよ。でも、あったかくてやさしい感じがする、って言ってもらえたことはとっても嬉しい」
「そっかあ。俺はね、ちいさな子供と天使ちゃんが仲良く楽しく遊んでる、めっちゃしあわせな絵やと思うよ」
彼女はまた「ありがとう」と微笑んで、自分の描いた作品に目線を戻す。俺には幸せそうに見えるふたつのシルエットをじぃっと見つめながら、ぽつりぽつり、独り言のように話し始めた。
「私ね、絵を描くことは大好きだけど、あんまり自分の作品に、自信がなくて。きっと友達から声をかけてもらわなかったら、一生、こんな展覧会なんて人目に飾る機会なかった」
ちらり、と横目で俺の方を見る。
「おかげで、少しだけ自信がつきました。私の絵を気に入って、声をかけてくれた友達や、もっと見たい、手にしたいと言ってくれた人もいる。こんな風に、私の絵がいちばん好きだと言ってくれるひともいるんだ、って嬉しくて。これからも描き続けていこう、って思えました」
「フフン、そりゃそうや、もっと自信持ってええんやで。俺は小さい頃から菜花ちゃんの絵が大好きで、その才能にも気付いていましたから!」
「あははっ、私にも知らぬ間に古参ファンがついてくれてたんですねえ」
「そうですよー? 俺、菜花ちゃんがこれからも自分の好きなことを長く続けていられるように、応援してるから。俺のこと、そばでずーっと応援してくれていたみたいに、さ」
「わあ、それはとっても頼もしいです。ありがとうございます」
くすくすと照れ笑う彼女を見て、俺はハッとする。
きょろきょろ辺りを見回して、運良く三階には誰もいないことに、心の中で密かなガッツポーズをした。あ、部屋の隅で居眠りしてる監視員の女性はいるけど、寝てるからノーカンで良いよね。
──こ、これは、一世一代のチャンス、なのでは。