第10章 近くて遠い、あと一歩
俺が明らかに不審な動きを見せた為、隣の彼女は不思議そうな顔でこちらを見つめている。俺は絵画から彼女へ、身体ごと顔を向けた。
無垢で大きな両目に見上げられて、どくん、どくん、と心音が喧しさを増す。ポケットに忍ばせた右手が緊張で震える。
「菜花っ、さん!」
「は、はい?」
空いている左手で、桃色のマニキュアがよく似合う彼女の手を握った。彼女も鈍感な子ではない。俺の顔を見て何か察したのか、少し真剣な面持ちになる。
「俺、さっきも言ったように、菜花ちゃんのこと、ずっとそばで応援したい。あわよくば、今後も俺のこと応援してくれたら、嬉しい。つまり、えーっと、お互いこれからの人生を、支え合えるような、か、関係に、なりたくて、ですね」
「……うん」
「ああ、いや、なんかちゃうわ──。
ぶっちゃけると、俺はね、もう菜花ちゃんがそばに居てくれなきゃあかんようなってん。1ヶ月ちっとも会えへんだけでも、寂しくて寂しくて仕方なかった。ひとりで居ると嫌な事ばっかり考えてまうし、寝付きも悪なるし、食事すら面倒になる。菜花ちゃんの美味しい手料理が毎日のように食べられへんと、俺はきっと死んでしまう」
我ながら随分重たい告白だ。
でも、全て事実であった。こんな時に嘘をついて「あなたを幸せにしたい」なんて言えない。俺は、彼女を幸せに出来る自信なんてない。寧ろ不幸にしてしまうかもしれない。だけど、彼女がずっとそばに居てくれたら、絶対「俺は幸せになれる」から、自分勝手にプロポーズするだけなんだ。
「だから、お願い。俺を幸せにする為やと思って、」
それでも彼女は優しく微笑んで、俺の次の言葉を待って、受け止めようとしてくれている。
「どうか、ぼ、僕と、けっこ──」
──が。
「あっ、ハナさん居た〜」
「ぅおい!? こッら、ヒラお前っ、馬鹿! 今は声かけちゃダメだって言っただろォ!!」
「えぇ〜、なんで〜?」
何とも賑やかな声が、ふたりきりの筈だった空間に響いた。
その瞬間、緊張の糸がプツンと切れてガックリ脱力した俺は、先程上がってきた階段の方を嫌々振り返る。