第10章 近くて遠い、あと一歩
「し、失礼しま〜す……」
がちがちに緊張しながら、ガラス張りの扉を開ける。受付の女性2人が和かに出迎えてくれて、ほっと安心した。
おどおどしながらも、彼女から貰った招待状代わりの葉書を見せて、こちらの名前をお伝えする。受付で氏名の確認をされている間に、少し奥を覗き見てみたが、開催初日の早朝だと言うのに、もう既に数名来場者らしきひとの姿が見えた。飾られた彫刻や絵画などを熱心に見つめている人々を見ていると、何故だか勝手に俺が誇らしい気持ちになる。烏滸がましい話だけど、彼女やその友人たちの作品を楽しみに見に来るひとたちがいるのだと思ったら、嬉しかった。
受付の女性たちは「あれ、香坂さんって」「もしかして、春野ちゃんの?」などヒソヒソ話し合っていて、何か問題でもあったかと不安になっていたら、後ろの控え室であろう扉の奥へひとり引っ込んでしまう。そしてすぐに戻ってきたと思いきや、俺の彼女もその背後から出て来た。珍しく、その長い黒髪をポニーテールにしてウェーブもかけて、気合を入れる為か見慣れない赤い口紅も付けている。普段より一層大人びた彼女の姿に、思わず、どきりとしてしまった。
「わあ、ルトくんっ、ほんまに来てくれたんやねえ、嬉しいです」
「ぁ、う、うん! 招待状まで貰っちゃったら、来ないわけにはいかへんよー。俺も菜花ちゃんの作品見たかったし」
「えへへ、ありがとう」
でもまさか初日の朝早くから来てくれるなんて思わなかった、と本当に心から嬉しそうに笑う彼女。お祝いの花束を渡したら、もっと喜んでくれた。へへ、良かった。
受付のおふたりに「少し彼氏さんを案内してあげなよ」「こっちは大丈夫だから」と大変有難いお言葉を頂き、彼女といっしょに見て回れることになった。ええお友達やなあ。
案内、と言っても、彼女から細かい作品の説明はない。作品のタイトルだったり、誰が作ったものかを聞くだけ。他の見学者も居られるので、話す時は小声でひそひそ顔を近付ける。その度、彼女から香る甘い匂いや、普段あまり見られない真っ白なうなじに、余計どきどきしていたのは内緒だ。