第10章 近くて遠い、あと一歩
「何だ何だ、その口振りじゃあ、お前最近は彼女の手料理食えてねえのか。喧嘩でもしたか?」
牛沢が左手の薬指に飾った指輪をわざとらしく煌かせながら「何十年も一緒に居たらそういうこともあるよなぁ」なんて、先輩面でうんうん頷いてくる。うぜえ。俺は怒って「してへんわアホ!」と反論しておいた。
「ちがいますー。彼女が実家のお仕事やら展覧会の準備やらで忙しいから、あんまり会えてへんだけですー」
俺の言葉に三人が揃って不思議そうな顔をした。俺が「あっ、しまった」と思うは遅く、展覧会という聞き慣れない言葉に案の定食い付いてきた。キヨくんがキラキラと目を輝かせる。
「展覧会ってなに、もしかしてハナさん、絵の個展でも開くの!? すっげえーじゃん!!」
「あー、いや、学生時代からの友達と4人で、グループ展やるらしいけど……」
「え、なんでレトさんそんなテンション低いの」
「だって、さあ。君ら、この話聞いたら絶対"見に行こう"とか言い出すやろ」
キヨくんはニンマリ笑った。
「当然だろ!」
ほらあ、やっぱりー。
絵なんてちっとも興味ない癖に、俺の彼女やから、俺をからかいたい、みたいな阿呆臭い理由で邪魔しに行くってわかってたから、黙ってたのに。
案の定、奴らは根掘り葉掘り詳細を聞いてきた。
「あ、そういえば、私の嫁さん宛にグループ展のお知らせ、葉書で来てたっけ。あかねちゃん連れて見に行こうかな〜」
「結構面白そうだし、俺も嫁と見に行きてえな。いつからいつまでやんの?」
「えっと……来週から、10日ぐらい、やったかな……」
「来週ッ!? もうすぐじゃん! 俺もフジたち誘って見に行こ〜!! レトさんも行くんだろ?」
そりゃあ、もちろん。
「初日の朝から行きます」
……おい。何やねん、三人揃ってそのドン引きした顔は。