第9章 恋する風邪っぴき
あ、そういえば。
昨夜は彼の方から電話があって、先日話していたゲームが手に入ったから一緒にやろうよ、と嬉しい誘いを受けていた。でも、私はせっかくの休日なのに運悪く風邪を引いてしまったようで、彼に移してしまうわけにはいかない、ごめんなさい、また今度と、断ったのだった。
私が彼の誘いを断るなんて珍しいし、喉の掠れた鼻声や、通話の途中に軽い咳などが聞こえたから、彼は酷く心配になったという。だからこうして、貴重な休日を潰してまで家へお見舞いに来てくれたらしい。
彼は一階の花屋で久しぶりに私のお父さんと会って、めっちゃ緊張した! なんてけらけら笑っていた。幼い頃から変わらない、眩しいくらいの笑顔。
「風邪、移っちゃうかもしれないよ」
「へーき、へーき。俺、アホやから風邪なんてひかへんよ。ちゃーんとマスクだってしてきたもん」
あの時と、また同じこと言ってる。ふふ、と自然に笑いが込み上げる。つい最近、彼も風邪をひいて元々の鼻声がますます酷くなっていた記憶があるけど、それは言わないでおこう。
「ルトくんは、優しいね。昔から、私が苦しい時や寂しい時、必ずそばに来てくれる」
「うーん……そう、かな……? どうなんやろ、優しいとは、ちょっと違うかもな。当然ながら好きな子の為だから、っていう下心満々やし、罪滅ぼしのような気持ちもある。だって、菜花ちゃんが本当に苦しんでいた時、俺はそばにいてやらんかったから」
もしかして彼は、中学生の頃の話を、しているのだろうか。春人くんと心がすれ違って距離を置くようになり、両親の仲もますます悪くなって、私は学校にも家庭にも何処にも居場所を失ったように感じていた、あの頃。
「せめてこれからは、菜花ちゃんが辛い時いっしょに居てやりたいし、勿論、元気な時もふたりでずっと幸せに笑ってたいなあ、と思ってる。ま、要は何でもええから適当に理由付けて、俺が菜花ちゃんのそばにいたいだけやねん。えへへ」