第9章 恋する風邪っぴき
どきん、どきん、心臓が高鳴る。
「なんか、それって、」
「うん?」
「……ぷ、プロポーズ、みたい」
きっと私は熱に浮かされていたんだと思う。私の言葉に、目の前の彼はぴしりと動きも思考も停止した。
たぶん本人は全くそんなつもりはなく、無意識に自然に溢れた言葉だったのでしょう。彼の顔はみるみる茹で上がった蟹より真っ赤に染まっていった。彼は慌てて声を張り上げる。
「えっ、あっ……!? ち、違ッ、違うことは全然ないけど、そら常日頃から結婚したいと思っているんやけど、だからってこのタイミングは違うよ!? や、ずっといっしょに居たい気持ちに嘘偽りは無いけどさっ、ぷっ、ぷ、プロポーズやったら、もっと、なんか、こう、格好付けてビシッと決めるから! まだ指輪とかも用意出来てへんし!! 今のはアレです、プロポーズ未遂です」
未遂。これは本音の告白であるけれど、彼の理想としていたプロポーズではないらしい。彼には彼なりの、かっこいい求婚大作戦を練っていたのかもしれない。
大慌てで弁解する彼が面白くて、私はもう涙が出るほど声を上げて笑った。そういうことなら未遂ということにしておきましょう。どうしようもなく可愛いし、彼が今後どんなプロポーズをしてくれるのか、とても楽しみになったから。
「ふふふっ、もう、ルトくんったら。笑い過ぎてお腹空いてきちゃいましたよ」
「あ……ほんまに? じゃ、じゃあ、俺、お粥作ったげる。あ、オカン直伝やから味は保証出来るよ、安心して!」
「それなら安心だね。楽しみに待ってるから」
「──うんっ、待っててね!」
私の頭を良い子良い子と撫でてくれる彼に、胸の奥が甘く締め付けられた。この胸にじんわり集まってくる熱は、きっと風邪のせいではない。嗚呼、愛おしい、私はまた彼への恋心を改めて自覚するのだった。
いつか近い内、未遂ではない本当のプロポーズをしてくれる日も、待っていますからね。
-了-