第9章 恋する風邪っぴき
彼の母親には、お家へ遊びに行くたび良くしてもらっていたけど──私は、この時初めて、本当の"お母さん"に触れたような気がした。
「……ありがとう、ございます」
「お礼なんてええのよ〜、遠慮しないで。菜花ちゃんはもう私の娘みたいなもんでもあるんやから。ねえ、春人〜?」
「は、はあ!? オカン何言うてんねん、アホちゃうか!?」
「まっ、悪い子やわあ。オカンにアホやなんて!」
「も、もおー! はよ出て行ってよ、菜花ちゃんはおれが看病するから!!」
「はいはい、マスクだけはきちんとしておきなさいよ。あんたがこれで風邪ひいたら、菜花ちゃん悲しむやろ?」
「わかってるから、はよ!」
「もお〜、ほんま反抗期って嫌やわ〜」
親子の楽しく賑やかな会話に、私はまた自然と笑ってしまっていた。
彼の母親は有難いことに、私のお父さんが帰って来るまでお家にいてくれるそうだ。凄く申し訳なかったけど、正直とても安心した。オマケに、少し食欲の戻って来た私の為、お粥まで作ってくれて。
お布団の中でひとりウトウトしていたら、台所で母親の手伝いをしていた彼が、お盆に小鍋とレンゲを乗せて戻ってきた。美味しそうな良い匂いがする。
「菜花ちゃん、お粥出来たで! ちょっと起きれる?」
「うん、だいじょうぶ……」
私は重たい身体を何とか押し上げて、起きた。
彼は私の隣に胡座をかいて座ると、何故か自分の膝の上にお盆を置いて、小鍋の蓋を開けた。中にはふわふわの卵粥が入っていて、そこから立ち昇る真っ白な湯気は、私の弱った食欲を刺激した。更に彼はレンゲで粥をひとくち掬うと、自分の口の前へ近付ける。ふーふーと熱々の粥に息を吹きかけて冷ましている彼に、春人くんもお腹空いてたのかな、なんて呑気なことを考える私。
ぼーっとしていたら、目の前に、いえ、口の前に粥を乗せたレンゲを差し出されていた。
「……へ?」
予想していない出来事に、間抜けな声が溢れる。彼はちょっと照れ臭そうに頬を赤く染めていた。
「何ぼーっとしてん。ほら、あーん」
「え、えっ?」
「だっ、だからっ、口開けて、あーんや、あーん。おれが食べさせてあげるってこと!」