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【実況者】蟹の好きな花【rtrt夢】

第2章 待ち合わせが好きな理由


 私はほっと安心してベンチに座り直し、自然とふやけた笑みを浮かべる。

「びっくりしたあ、もう来てらっしゃったんですね"レトルトさん"」
「ちょッ、外でその呼び方すんのやめえって、いつも言うてるでしょ! めっ!」
「ふふ、ごめんなさい。……春斗くん」
「ぁ、うっ、うんっ、ええよええよ!?」

 普段は実況者としてのお名前で呼ばれることの方が多いからか、私に本名を呼ばれただけで過剰に肩を跳ねさせて、へへへ〜と照れ臭そうに微笑む彼は可愛らしい。さっきまでの不機嫌はもう何処かへ吹き飛んだみたい。
 ふと、彼が日常生活でも実写系の動画内でも(何故か実写じゃない時も)いつも欠かさず装着しているマスクをしていないことに気が付いて、私は首を傾げた。

「あれ、マスクしてないけど、花粉症は大丈夫?」
「お薬飲んでるから平気平気、マスクしてると逆に声掛けられるしなー」
「そっか。でも辛かったら言ってね、私はお家デートも好きですよ」
「もお、そんな気ぃ使わんくても大丈夫やって。今日はお花見ついでに映画を観に行く約束でしょ、俺ほんっと楽しみにしてたんやから!」

 今日はとある北海道出身の赤毛の不良お兄さんに勧められて、すっかり二人してハマってしまった大人気アクション洋画シリーズ、その最新作の公開日である。私もこの日をとっても楽しみにしていた。映画は勿論、彼と久しぶりのお外デートでもあったから。
 彼の鼻声、いえ華声にますます磨きがかかってしまいそうで心配だけれど、でも、こうして明るい日向の下に彼の素顔を見られるのは、ちょっとうれしい。彼がマスクを外している時は、食事中とかお風呂上がりとか寝起きとか、本当にプライベートな時ぐらいだもの。

「ほな、はよ行こ? はい、おてて」

 手を繋いで歩こう、そんな意味を持って和かに差し出された男らしく骨張った右手。だけど、私はすぐにその手を取れなかった。

「あ、ま、待って。動画、あと5分で終わるから……」

 まだ見ている途中だった彼の、レトルトさんの動画。予定通りなら彼が到着する前に見終わっている筈だったのだが、思ったよりお早いご本人の到着で少し再生時間が余ってしまった。
 彼の可愛いお顔がまたムスーッと膨れて眉間に皺が寄り、先程いなくなった筈の不機嫌を連れ戻してしまう。
 
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