第2章 待ち合わせが好きな理由
彼が以前くれたお花の飾りがついたカチューシャをつけて、春らしい桜色のシフォンスカートを靡かせる、いつもよりとっても気合いを入れて粧し込んだ私。だけど、張り切り過ぎてしまったみたいで、待ち合わせ場所に予定の時間より随分早く着いてしまった。いえ、ほんとうはきっちり三十分前に着くよう調整しました。
私は待ち合わせが好き。正確に言えば、わくわくと胸を高鳴らせて彼を待つ時間が大好きなのです。
さてさて、まだ"彼"が来ないので仕方ありませんね? と近くのベンチへご機嫌に腰掛けた私は、スマートフォンを素早く横持ちした。お気に入りのイヤホンを指して耳につけて、某動画アプリを起動して、準備は完了。お目当てのページを開き、三角の再生ボタンを押した。
『こんちゃーす! レトルトと、申しまーす! えー、今回はですね、』
私はあくまで待ち合わせの暇潰しに、昨夜更新されたばかりの大好きな実況者さんの動画を見始めた。春を迎えたせいでちょっぴり酷くなった気のする鼻声が、子供っぽい挨拶を元気いっぱいにしてから、本日の動画説明をつらつらと語り出した。
今日プレイするゲームは内容短めのシンプルな謎解き系フリーゲーム、だけど何種類ものエンディングを用意されていてその獲得条件を探るのが面白いらしい。あっ、早速バッドエンド回収してる、早いなあー、ふふっ。癒されるし楽しいし、やっぱり私のいちばん大好きな実況者さんはレトルトさんです。
「──、ゃ……」
主人公は一体何者なのか、この物語は何を訴えようとしているのか。ゲーム画面の中の小さな部屋を探索しながら、迷探偵さながらの斜め上に向かった推理を繰り広げている彼は、本当に生き生きとして楽しそうだ。彼はいつだって楽しく、全力で遊ぶ。勝っても負けても関係なく、楽しいと笑う。そんな姿が、とっても魅力的な人。
「菜花ちゃん!」
「わあ!」
イヤホン越しの耳元で大きく名前を呼ばれて、思わずベンチから飛び上がった私。
慌ててイヤホンを外して声のした右隣を向けば、私を見下ろす程良い背丈に長めの茶髪を垂らした成人男性──とは思えぬ程に童顔で、拗ねた幼子のようにむっすりと頬を膨らませている"彼"がいた。