第1章 心樹アヴェル
そよそよと風が吹く好天の昼下がり、アヤはいつものように世話係の目を盗んで中庭に訪れていた。
樹の根にたどり着くとひらりとドレスを翻し、樹を背に腰かけた。
まだ幼い少女ではあるが、癖ひとつ無い美しい銀髪は腰まで延び、長い睫毛からは吸い込まれるようなアメジスト色の瞳がゆらゆらと揺れる、溜息の出るような美少女だった。
《やぁ、来たんだね。僕の可愛いお姫様》
程なくして、樹の上から優しい少年の声が響いた。
アヤは樹の上を見上げると、悲しそうに微笑んだ。
「こんにちは。アヴェル・・・。」
《今日は元気が無いね。どうしたんだい?》
少年の声が優しく語り掛けると、アヤは抱えた膝に顔を埋めた。
「おとうさまがね、アヴェルに会っちゃダメって言うの。中庭に入るのもダメって。」
《・・・。それは、寂しいな。》
「わたしは、アヴェルともっとお話したいのに。」
《・・・・。》
そよそよと風がアヤの髪を撫でる。暫く静かな時間が続いたが、沈黙を破ったのは少年の声だった。
《ねえ、アヤ。》
「なぁに?アヴェル。」
《僕はね、もうすぐ折れてしまうんだ。》
友人の突然の告白にアヤは驚いて立ち上がり、樹の上を見上げた。
「ど、どうして?!こんなに大きくて綺麗なのに・・・!」
《そういう運命なんだ。仕方のない事なんだよ。》
樹の幹に手を当て、アヤはぐっと唇をかんだ。アメジスト色の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
ふと、樹に体を預けていたアヤの後ろから、ふわりと何者かが抱きしめた。