第6章 (4)Housemaid
「俺は新堂だ。お前が桐嶋と宮瀬が言っていた泉だな」
「は、はい」
突然名前を呼ばれ少し戸惑う。
治療をしてくれたということは、この人が桐嶋さんが言っていたお医者さんなのだろう。
だがお医者さんにしては威圧的というか怪しい雰囲気を感じる。
「猫は今奥の部屋で休ませている。やっと落ち着いた呼吸ができるようになったところだ。会うのはまた落ち着いてからにした方が良い」
「良かった…」
猫ちゃんが助かったことへの安堵感と喜びで胸がいっぱいになる。
感謝を込めて新堂さんに深くお辞儀をする。
「本当にありがとうございます」
「礼はいい。それより…」
そんな私のお辞儀には目もくれずに新堂さんは何かを取り出す。
鞄から出てきたのはシンプルな電卓だった。
「傷の治療、簡易酸素ベッド、専門外の治療による特別料金その他もろもろ込みで……これくらいだな」
そう呟きながら私に電卓の画面を見せてくる新堂さん。
そこには私が普段目にしないような桁の金額が記されていた。
「これ、治療費…ですよね…?」
「それ以外何がある」
「はい…」
私の月のバイト代何十回分だろうか。
途方もないその数字に頭が痛くなる。
「おい新堂、金とるのかよ!お前には汗も涙もねぇのか!」
「うるさいぞ桐嶋。俺は医者だ、ボランティアじゃない。治療を施す代わりに金を貰うのは当たり前だ。それと汗じゃなく血だ」
桐嶋さんが私を庇って突っかかるが、新堂さんの意見は至極真っ当で言い返しようがない。
桁がおかしいのは確かだが、こんな豪邸に通っているお医者さんなのだ。これが普通なのだろう。
「あの…分割払いは可能ですか…」
「おい透、大丈夫なのか!?」
「…技術にはそれ相応の対価を支払わなきゃ。」
「意外だな。お前みたいな奴は大抵桐嶋のように文句を言うか、喚くものだが」
新堂さんは私の答えに驚いたようだ。
あの驚愕の値段を見れば喚きたくなる気持ちも分かる。けれども…。
「タダで治療しろなんて、猫ちゃんを助けてくれた新堂さんに失礼ですから」
「……。」
さらば私のお金…一体何年ローンになるんだろう…。
納得はしたものの、不安と絶望で頭の中が真っ白になった。
その時。
「その治療費なら俺が払おう」
この空気を壊すかのように、九条さんの凛とした声が響き渡った。
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