第1章 Ticket
あれは確か5月末。
梅雨の始まりにはまだ早いが、曇天が低く立ち込めた日だった。
1人になりたくて外へ出たが、ネットカフェに引きこもってだらだら過ごしたい訳じゃない。
気分転換にはうってつけだと桜木町で電車を降り、行く当ても決めずに街を歩いた。
何気なく通りかかった公園。
普段ならば人で溢れているが、今日は随分と空いている。適当に公園の中ごろまで歩き、海に向かって並ぶいくつものベンチから適当に選ぶと、乱暴に腰掛けた。両腕を背もたれにかけ、詰めれば4人は座れるスペースを贅沢に使う。
防大では1学年はミジンコ、2学年は奴隷。そして3学年になって初めて『人間』として扱われる。ようやく俺も、先月から人間になった訳だがそれはそれで――
「疲れんだよな」
ぽつりとこぼれた言葉は、前方から吹き付ける海風と共に流れた。
瞼を閉じ、波の打ち付ける音。そして風が通り過ぎる音に耳を傾ける。
一体いつまでそうしていただろう。
重い瞼を持ち上げても、灰色の空からは時間の経過を感じる事は出来ない。その代わり……というには安易だが、鼻先に冷たい何かを感じた。
それは急激に勢いを増し降り注ぐ。坂木は仕方なしに腰を上げると辺りを見回し、十分に葉が茂った木を目指して走った。
「最悪だ」
幹に手を付き本音を漏らす。今朝、下宿を出る時に自身の傘が仲間の誰かによって持ち去られている事に気づいた。
買えば済むことだと、問題を後回しにしていた訳だが……周囲に身を隠す建物はない。葉の隙間からこぼれた雫が頬を濡らす。
一番近くのコンビニに駆け込む頃には、全身ずぶ濡れだろう。