第1章 Ticket
前方に目を向ければ、男の手がいつの間にか細い腰に回された事に気づき、無意識に舌が鳴る。
それから数秒足らずで、目的地である小さな背中に辿りついた。
「……なぁ、聞きたい事があるんだが。少し良いか?」
聞き慣れぬ声に一瞬、その背筋を緊張させるとゆっくり振り返る女。頬の横を流れる髪が揺れ、戸惑いと疲労の色を宿した瞳に坂木が映り込む。
「あぁ? なんだよ聞きてぇ事って」
坂木が声を掛けたのは女に対してだが、答えたのは隣の金髪だった。
「お前じゃねぇよ」
「なら改めてくれ、取り込み中だ」
「それは悪かった。俺にはお前が一方的にお喋りしているように見えたんでな」
金髪に対し片手を上げワザと呆れたように振る舞うと、奴は酒の回った顔を更に赤くさせ、「あ?」と威圧的な声を上げた。
「違ったか?」
先ほど持ち上げた片手を重力に従ってだらんと伸ばし、坂木は落ち着いた声色で女に問う。
がっちり絡み合った視線の後で、彼女の指先が遠慮がちに坂木のジャケットを掴んだ。
「違わない、違わないです」
一言目は勢いがなく、丁寧に磨かれた床に転がり落ちた。しかし、すぐに復唱されたそれは、はっきりと男達の元に届いた。
金髪は目を細めて2人を一瞥すると、しぶしぶ温めていた椅子を空けた。やがてその背が小さくなった頃、再び朱色の唇が言葉を紡ぐ。
「あの……ありがとうございます」
「礼を言われるような事はしてねぇよ、それに用があるのは本当だ」
そう伝えれば「よう?」と困惑した表情を見せた女だったが、坂木の顔をじっと見つめた後、「よかったら」と隣の席を薦める。
坂木はまだ暖かいであろう椅子を避け、彼女の左隣に腰を下ろした。