第1章 Ticket
「眉間にシワが寄ってるぞ。気にする事はない、バーに1人で来るなんて女の方も"そういうつもり"だろ?」
岡田の言う事は一理ある。
彼女は入店してから金髪に捕まるまで、ずっとバーテンダーと会話を楽しんでいた。ああいった女は、男が声を掛けやすい。
しかし今、時折のぞく彼女の横顔や肩をすぼめた小さな背中からは、戸惑いや焦りが透けて見える。
残念な事にバーテンは他の客を相手にしている最中。ホールスタッフは小手先の仕事に追われ気づいていない。
土曜の夜。当然、テーブル席は満席だ。
坂木は気分を紛らわせる為、右手の煙草を口に寄せた。
先端を赤く燃やし、肺が満たされる感覚を十分に堪能してから息を吐く。
煙が空気に溶けるのをぼんやりと眺めると、呆れたような笑みを浮かべ、まだ半分ほど残っているそれを灰皿に押し付ける。
「なんだ?便所か?」
「坂木くん今良いところだからね!」
立ち上がった瞬間、テーブルの向こうから程よく酒の回った西脇と大久保が声を上げた。
あいにく俺は便所に行かねぇし、残念な事にお前らの話をまったく聞いていなかった。
「おいおい、トラブルは御免だぞ?」
「問題ねぇ、俺はあの女に用があるだけだ」
戸惑いの色を浮かべる岡田に返答した後、坂木はジャケットのポケットに両手を突っ込み、スピーカーから流れる洋楽と喧騒の向こうへ踵を返した。
「え?どういう事?」なんて声が聞こえるが、この場はカンの良い奴に任せるとしよう。