第1章 Ticket
「行くぞ」と少し強引に手を引けば、口を噤んだまま水野もまた歩き出す。
夜だというのに人通りの多い街。誰かとすれ違う度、限りある道幅が坂木と水野の肩を寄せた。
サークルウォークを抜け、ライトアップされた倉庫を通り過ぎる。
会話の内容はもっぱら防大について。
平日は外出不可、授業の他に訓練がある。といった退屈な話だが、水野とっては新鮮なようで「買い物は?」「ご飯は?」と、質問が止まらない。
「飯は食堂で取るが時間が決まってる、生活に必要な物は購買があるからそこで……」
坂木は全てを言い終わらぬ内に、その足を止めた。
ちょっと寄って行かねぇか? と左に見えた公園を指差す。数か月前、2人が出会った場所だ。
なんだか不思議だと水野が笑ったのを合図に、坂木は彼女の手を再び引いた。
公園は既に21時を回っているというのに随分明るい。海上では古い客船が美しくライトアップされ、陸では街のシンボルタワーが夜空の中で、その存在を主張している。
「今日はありがとう、坂木くんに会えてよかった」
海沿いを歩いている最中、水野がポツリと呟いた。
別れの時間は近い。
「それはこっちの台詞だ」
「声かけられた時は驚いたけど、すぐに分かったんだ」
「あの時のスカジャンだ、だろ?」
「そうそう、優しくて可愛いスカジャン」
はっ、と笑いを零し自身のジャケットに目を落とせば、心なしか胸元の犬が嬉しそうに見える……から不思議だ。