第1章 Ticket
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「楽しかった! ジェットコースターなんて、久しぶりに乗っちゃった!」
水野は大袈裟にハンドバッグを揺らし、声を弾ませた。
行先を決めず街を歩けば、自然とこの場所に着いてしまう。それは街の構造上、そして人間の心理的にも仕方がないのかもしれない。
フリー入場の遊園地は常に門が開け放たれ、あまりにも気軽に入れてしまうのだから。
「悪いなこれしか乗れなくて」
「全然! 付き合ってくれてありがとう!」
彼女は実際にアトラクションに乗るのは初めてだという。坂木としてもまだ楽しみたい気持ちはあるが、残された時間は限られている。
「家まで送る。公園の近くならこっちだな」
「え!? いや、ここから意外と距離あるから大丈夫だよ」
水野は片手をぶんぶんと振って申し出を断るが、坂木に引き下がる気はない。
意中の相手が居ないこと。そして兄と共に山下公園の近所に住んでいる事は、アトラクションの待ち時間に聞いたばかりだ。
坂木は馴れない手つきで、水野からハンドバッグを奪うと、自分より幾分小さな右手を握った。
「一緒に歩きたいんだ」
じっと水野の瞳を見据えれば、彼女はたちまち顔を赤くした。サッと俯いて、坂木から視線を外す。
「……っ、坂木くんは、ズルイ」
水野は固く骨ばった手を、そっと握り返した。