第1章 Ticket
バーが入っているビルを背に、駅前の広場を抜けていく。
子供の手を引き駅へ向かう家族。スマートフォン片手に画面にばかり視線を向ける若者。ネクタイを緩めるサラリーマンまで、行き交う人は十人十色だ。
「ねぇ、坂木さんは何時に帰らなきゃいけないんですか?」
「そうだな、11時には着いておきたい。それより敬語はやめてくれ」
「え?でもきっと年上ですよね」
「お前はいくつなんだ?」
数メートル先の青信号が点滅し始め、歩調を緩める。
「私は二年生です」
「俺は三学年だ」
横断歩道の前で赤信号に足を止めると、テールランプを灯した車やバイクが目の前を走り抜けていく。
「1年違うだけで、凄く大人に見えますね」
「あ? お前の方が大人っぽい恰好してるじゃねぇか」
坂木がシャツやスカートに視線を落とすと、水野は慌てた様子で両手を上げ、その視線を遮った。「恥ずかしいから見ないで」と下を向く水野に「見てねぇ」と心外そうに答える。
「……坂木さんは防大生に見えません」
指の隙間から瞳を覗かせた彼女は、そういうと両手を下ろした。
「防大生みたいな防大生ってどんな奴だ? それより敬語は勘弁してくれ」
「えー、じゃあ、坂木……くん?」
小首を傾げ坂木を覗き込む水野。2人の視線が重なったその時、坂木はピタリと体を硬直させた。一拍おいてから視線を外し「それで良い」と台詞を吐く。
信号が変わり、横断歩道の手前にやたらと音量の大きな車が停まった。漏れ聞こえる重低音が、坂木の心を揺らしていた。