第1章 Ticket
「……お前、いつもあんな事してんのか?」
忘れていた訳じゃないが、記憶に蓋をしていた。名前も知らぬ相手に赤面したなんて柄じゃない。
「あれは貴方が優しい人だったから。私もそうしたいって思っただけです」
「あの前にもどこかで会ったか?」
「駅で、貴方を一方的に見かけただけです」
あの日、赤ちゃんを乗せたベビーカーを手に困っているお母さんが居たという。上の子だろうか――2~3歳の子供が先に階段を登り始めてしまい、エレベーターを使おうにも使えない、そんな状況。
自分が声を掛けようか迷っている間に、それを行動に移したのが坂木だった。
「声を掛けるって、凄く勇気がいる事だから。素敵だなぁって思ったんです」
「全く覚えてねぇな」
「私は覚えてますよ。イメージ真反対のスカジャン着てる人でしたから、なおさら印象的で」
「怖くて悪っぽいんだったな、スカジャンのイメージ悪すぎねぇか?」
「確かに」と彼女は肩を揺らす。
「真菜水野です。またお会いできて嬉しいです」
「坂木龍也だ」
互いに自己紹介を済ませた時。「おぉい!」という地這うような声と共に、背後から大きな手が伸び坂木の肩を強引に抱いた。
「坂木よ! こんなに可愛らしい乙女と何を話しているんだ!? ん!?」
彼女との間に割って入ってきたのは西脇。突然現れた大男に、水野は若干身を引いている。