第1章 初恋は金木犀
階段を下りて下駄箱で靴を履き替える。何人かの生徒や先生とすれ違いながら、はなぜか逸る気持ちを押さえられずにいた。
あの、幼い頃、大好きだった金木犀の香り。
忘れていた訳ではないが、この瞬間まで、こんなに意識したこともなかった。たまに見かけても、(ああ、金木犀だな)と思う程度しかなかった。
先程の文学チックな物思いに引きずられたのか、なんとなく釈然としない気持ちを抱えたまま、は、下校する生徒とは反対方向に向かって歩いた。
ほとんどの生徒は正門から下校する。いつもは、もそのうちの一人だ。ただ、中庭を抜けた先、駐輪場の向こうにある裏門からも帰ることができるため、自転車通学の生徒はそちら側から帰ることも多い。例の親友と帰るときは、自転車通学の彼女と並んでいつも裏門を抜けて行く。
一人きりで裏門に向かうに、それを知っている同級生が不思議な眼差しを向ける。
「…ちゃん!」
ふいに、呼び止められた。振り向くと、入学してすぐ、声をかけてくれて、そこからずっと仲良くしている子だった。
「…あれ?ひとりでそっちから帰るの?」
「…あ、うんちょっとね。」
そんなことと言っては失礼かもしれないが、今はそんなことに構っていられなかった。ただ、だからと言って話を遮るほどの勇気も出ず、最近のドラマのことや、もうすぐ始まる期末テストのことなんかを話した。彼女はおしゃべりでオシャレが好きで、いつも回りに人がいて、やっぱり私とは正反対だ。
「あ!もしかして、、急いでた?ごめんね。ちょっとしゃべりすぎたかな?」
じゃあねって、くすくす笑い合いながら、笑顔で手を降って別れた。ふと気づくといつの間にか下校している生徒は少なくなっていた。
(けっこう、時間たっちゃったな)
カバンを持ち直す。気持ち急ぎ足で、ずっと目指してた中庭に飛び込んだ。
「……懐かしい、いい、匂い」
中庭に着くと甘い香りがそこらじゅうに漂っていた。甘くて柔らかな、しっとりした風が髪をなびかせる。今まで気づかなかったのが不思議なほどだった。黄色の小さな花が、塊となって、ぽんぽんと葉の間に見えていた。
は、その甘い香りを胸一杯に吸い込んだ。