第1章 可愛い君へ【太宰治】
「いいよな、花奈?」
それまで楽しそうに、歌うように朗らかだった声が一瞬にしてぐっと低くなって。
その可愛いとは程遠い、男性の声で耳元に囁かれる。
「んっ…い、いいで、す…」
耳の弱い私はそれだけでピクリと反応してしまう。
そのお誘いの内容が見えて透けるほどの言い方なんてずるいよ…。
私の様子に気持ちを良くしたのか、彼はここがエントランスなのにも関わらず私の耳を愛撫し続ける。
「な、ここ、いい?触られるの」
「あっ、それともやっぱり囁かれる方が好き?」
「や、ここエントラ…」
何度も囁いては指で触るの繰り返しで焦れったい。
今きっと彼はものすごく意地悪で、けれど楽しそうな顔をしている。
「そうだよ、誰かが俺たちのこと見てるかもね?…ふっふ、それもいいかも。ラブラブな俺たち、見せちゃう?」
「えっ、それは嫌っ!……恥ずかしいですっ」
「なーんで?いいじゃない」
俺たち、公認のナカだよ?
今更俺たちがイチャついてたって誰も咎めやしないって。な?
可愛い俺のお姫さま…
優しいのに艶のある声で言われ、我慢できずに私の足が覚束無くなる。
う、そ…まだ耳だけなのに…!
私が羞恥で慌てふためいているのを察したのか、彼はまた意地悪をする。
「なーに、もう震えちゃってるの?…ふっ……やーらし」
「ちっ、違いまっ」
「違わないでしょ」
ちゅ、と私の否定の言葉は彼のくちびるに飲み込まれた。
一度で離れるかと思ったくちびるは何度も何度も音を立てて、私に口付ける。
ちゅ、ちゅ、と言う音だけが静まったエントランスに響く。
絶対、太宰さんわざと音立ててる…っ!
恥ずかしさで頭が沸騰しそうになる。
けれど確実に気持ち良さが私の身体を侵食していって。
膝が折れそうになったところで、すっと膝裏に腕が通った。
「あはは、腰抜けた?」
「ううっ…」
「ふふっ、俺のキスは気持ち良いでしょ?」
そう言ってお姫様抱っこのまま、またキスをされる。
…かっこいいなぁ。
私を軽々抱き上げて見つめ微笑んでくる彼は、お伽噺の王子様そのものだった。
私は返事の変わりにギュッと彼の首筋に抱きつく。
「…可愛いすぎ。…なぁ、意味わかってやってんだよね?」
「…はしたなくてごめんなさい……」
「全然?…んじゃ、花奈をかっさらっちゃおっと」