【千銃士】笑わないマスターとfleur-de-lis.
第2章 罪と罰の澱の中で
営倉には窓がない。
半地下で頭くらいの位置に空気取りの細長い枠があるだけだ。
とても窓なんて言えない。鉄格子が嵌っているし。
カビと饐えた臭いが漂い剥き出しの便器からは有機的な悪臭が立ち上る。
寝台なんてなく、じっとりと湿った毛布が二枚有るだけだ。
戸は厚みがあり蹴破れそうもない。
覗き窓すらなく、食事を差し入れる小さな穴が下部にある。
そこから戸の前にベスくんが立っているのが見えた。
「ねぇ」
訓練は辛いけど、こうやって何もしないならしないで何となく辛い。
「何だ」
ベスくんがすぐ答えてくれる。
「何でマスターは俺を営倉に入れたの?」
聞けば彼は重々しいため息をついた。
「こっちが聞きたい。マスターに何を言ったんだ?」
疑うベスくんの声にうぅん、と唸る。
「お嬢さん(フロイライン)て?」
言えばベスくんが舌打ちして更にため息をつくのが聞こえた。
「褒めたつもりだよ?何かおかしい?マスターは可憐な女性だろ?間違ってない!」
言えばベスくんが地面を蹴る。
「うるさい。マスターはマスターだ。女で、ましてや可憐な等と口が曲がっても二度と口にしない事だな」
「何で」
「前にもタバティエールが、来たばかりの頃マスターを『モンシュシュ』と呼んで営倉に入れられた」
「『私の可愛いキャベツちゃん(モンシュシュ)』?」
「更に営倉に行けと憤る彼女に『貴女が小さいのは事実だろう』と言ったものだから、三日の謹慎、出た後も一週間口を聞いてもらえなくなった」
ベスくんの言葉に青くなる。
マスターから一週間も無視されたら生きていけない。
「お前もそうなりたいのか?」
ベスくんに言われて首を振る。
彼には見えないだろうけど。
「ちなみにベスくんは?」
「俺はマスターをマスターとしか思っていないからな」
自信満々に言う生真面目な彼にため息が出る。
まあでも、マスターがベスくんを腹心にする理由が分かった気がする。
ここに呼ばれた貴銃士の中でも古参のタバティエールやカールではなくベスくんを側に置きたがるのは、彼女を庇護対象としてしか見たりしないからだ。
「分かったら二度とマスターにお嬢さんなんて舐めた口をきくな」
ピシャリと言うベスくんに何も反論出来なかった――。