第17章 火蓋は切って落とされた
そんな間にも火矢は次々とこの山に降り注ぐ。もはや山の麓は火の海だった。山にいるリョンへ側の人間を確実に焼き殺そうとしているらしい。あいにくハヨンたちは山頂で待ち構えていたので圧倒的に不利だ。矢の形を見ると遠距離用のもので、ふもとの向こうにいる兵士たちは完全に高みの見物なのだとわかる。
(何てことなの…)
ハヨンは始めはこの戦い方に対していた戸惑いが、次第に怒りに変わりつつあるのを自覚した。リョンへを追い出し、城を乗っ取った張本人は、人を人として扱わない。それは前からわかっていたのに、いざ目の前にしてみると衝撃は何倍も大きく、悲しみは何倍も深く、怒りでこの身を焼きそうなほどだった。
(この国が…!大切な人たちが死んでしまう…!)
ハヨンは周囲を見渡す。まだ一人、黙々と油を撒いている歩兵がいる。その時、再び大量の火矢が飛んでくる。その矢の一つは、彼に向かって一直線を描いていた。ハヨンはとっさに彼を突き飛ばす。その瞬間、目の前が真っ暗になった。息が詰まる。背中に猛烈な痛みが襲う。ハヨンは火矢が刺さったのだと回らなくなっている頭でようやく察する。
「ハヨン!!」
珍しく取り乱したムニルが自分の名を呼んでいるような気がして、ハヨンは薄れゆく意識の中でそっと笑った。
彼女の様子がおかしい、とは思っていたのだ。しかし、彼女はいつも冷静で真面目で、強かった。だから大丈夫だろうと放っておいた自分が憎かった。
慌てて彼女に駆け寄ろうとしたが、今自身が龍の姿であることを思い出した。あいにくこの姿では木々がある中を素早くは移動できない。体をくねらせて何とか近づき、水を吐き出す。あたりの火が少しの間だけ収まったが、再び勢いを取り戻す。火を消すことでようやく彼女がいることを確認できたが、何しろこの熱気と乾燥ではムニルの水の力を用いても、なかなか手間取るだろう。ムニルは意を決して火の海に飛び込んだ。じゅう、と肌の焼け焦げる独特の匂いがしたが、青龍の力なのか、それほど熱さは感じなかった。