第15章 駆け引き
「つまり、暗殺者はあの日についてほとんど覚えていないんだな。」
例の暗殺者の取調室から帰ってきたハヨンは、リョンヘに、男とのやり取りを報告する。
「うん…だけど、本当に操られたら記憶がなくなるのか、私たちは知らないから、なんとも言えないけど…。」
「そりゃあまぁ、本当は記憶があって、お前は暗殺を企てた記憶はあるか?と聞かれたら否定するしな。これはあいつらに一杯食わされたな。」
暗殺者が暗殺に成功し、無事帰還すれば、それが一番向こうにとっていい結果だっただろう。敵対している人々の求心力ともなっている人物がいなくなるし、暗殺に成功したと確実にわかるからだ。
しかし、捕らえられても暗殺者自身は記憶がないし、殺されてしまっても向こうの人間とは直接的な関わりがないので足がつかない。
とちらにしよ狙われた側は大した情報が得られないのだ
(チェヨンさんが人を操る者がいると教えてくれなければ、私たちは混乱し続けていただろうな…)
ハヨンは老婆がこちらの陣営に来てくれたことに感謝する。
「…それで、操られると身体能力すらも変わってしまうと言うのは本当なのか?」
リョンヘは難しい顔をしながら、ハヨンをみつめる。
「恐らく…だけど」
ここはハヨンの推測の域でしかないので、自然と歯切れが悪くなる。これも男の証言に嘘偽りがないことが前提となる。
報告する度に謎や問題が見えてきて、ハヨンはこれ以上リョンヘを悩ませるものが増えてほしくないと、その都度思っていた。
ハヨンの目の前でも、報告を聴いてため息をつくことも、悩ましげな表情をすることもなかった。ただ、真剣に話を聴き、真剣にこれからのことを話し合う。誰も重苦しい気分にさせたくないのだろう。時には話し合った後は、ちょっとした冗談を言うこともあった。
ハヨンはその度に、部下をひどく気遣う主人を尊敬の眼差しで見ていた。しかし、その一方で友人として、同年代の親しいものとして、無理をしていないかと心配していた。そして何よりも、私にはもっと弱いところを見せてくれてもいいのに、と思っていたのだ。
これはただ単に執着の一種だとハヨンはわかっていた。彼の心の一部に触れ、もっと知りたい、頼って欲しい、心の一部を見せて欲しいと。この感情は世間一般ではどの感情に当てはまるのかもわかっている。