第15章 駆け引き
「…?はて、どこかで見たことがあるような…。無いような。」
少し間の抜けた返事に、ハヨンは脱力しそうになった。この殺気の無さは何だ。ついこの前、ハヨンと一対一で刃を向けあった仲だと言うのに、一切殺意が感じられない。
(本当に自分の意思では無かったのか、彼が類い稀なる役者なのか…)
「ああ、そうだ。君、ヒョンテ先生のお弟子さんだろ?長い間見なかったけど、大きくなったねぇ。」
思いもかけないところで、そんな懐かしい名前を出されて、ハヨンは彼の会話に飛び付きそうになった。
「どうして私とヒョンテ先生のことを…?」
はやる心を抑えながら、ハヨンはそう尋ねた。王都の城から逃げた後、こっそり兵士たちの治療を施してもらった彼は今、どうしているのだろう。
幼い頃から恩がある医術師のヒョンテは無事なのだろうか。ハヨンたちを匿ったために酷い目に遭ってはいないか、と心配していたのだ。
「私は王都の商人でね。数年前にこの燐の国全体で流行病があっただろう?その時家族全員で世話になっんだ。診療所で先生の周りを駆け回っていたのが印象的で覚えていたよ。」
ハヨン達は大勢の患者を相手にしていたが、彼らには幼い赤い目の少女の姿は珍しく、記憶に残りやすかっただろう。
ハヨンは彼のことを覚えていなかったことが申し訳なく思えてきた。
「今、忙しくて王都に行けてないのですが、ヒョンテ先生はどうされているかご存じですか?」
ハヨンは思わずそう尋ねずにはいられなかった。
「彼なら今も忙しく仕事をしているよ。何せ今の王城は戦のことで頭が一杯だ。最近は王都の見回りすら怠っていて、治安が悪いからねぇ。怪我をする奴も多いんだ。」
何やら重たい話になってきた。王都には近づけないので情報がなかなか手に入れられないが、不穏な雰囲気だ。