第13章 揺らぎ
「い、イルウォン様!ヘウォン殿に…逃げられました…!」
「何だと?」
イルウォンの数少ない手下が、どたばたと慌てて駆け寄ってくる。この手下はイルウォンに忠誠を誓っており、以前から諜報活動を主に引き受けていた。城内ではイルウォンの本性と今までに行ったことを全て把握しているのは彼だろう。
しかし、それほどイルウォンのことを知っている彼でも、たじろぐような声をイルウォンは出した。
「どうやらイルウォン様が操って監視させていた者が、何者かに声をかけられた隙に逃げ出したようで…。」
ヘウォンは王の専属護衛であり、この国で最強とも言われた武人だ。イルウォンがリョンヘを反逆者として仕立て上げた時に行った工作を、王族にもっとも近しい存在であったヘウォンは知ってしまったのだ。
また、ヘウォンの凄まじい精神力はイルウォンの呪術が全く効かず、仕方なく様々な脅しによって城内にとどまらせ、監視していたのだ。
「すぐに捜索せねば…!あいつは国民にも信頼されている。真実を全て吐かれたら、一貫の終わりだ。」
「はっ!」
イルウォンは苛立ちを露にし、それを見た手下は威勢よく返事をしてその場から去っていった。
イルウォンは足音を高く響かせながら、廊下を歩いていく。リョンヤンといい、ヘウォンといいイルウォンの計画を狂わせる人物が多すぎて、苛立ちが募るばかりなのだ。
(これもあのぽんこつ王子をやってしまえば丸く収まる…。流石にあのリョンヤンも心が折れるだろう。あいつは頭脳はあっても武芸はさっぱりだ。俺に直接的に歯向かうことはないだろう。)
そしてこれから起きる戦のことに心を馳せる。むせかえる血の臭い、鉄の臭い、そして人々の泣き叫ぶ声…。もとより混沌や争いを愛するイルウォンには心踊る出来事だ。
自分が本来好きな戦のことを思い出したお陰で、苛立った心は少しだけ凪いだ。
(ここからが…ここからが私の夢見た世界だ。それまでは少しの間耐えるだけ…今まで耐えてきた時間に比べれば大したことのない時間だ。)
そう考えながら、イルウォンは会議室の扉を開けるのだった。