第13章 揺らぎ
山の入り口に差し掛かるまで、ハヨンとムニルは言葉を交わさなかった。
「…ついにこの時が来てしまった…」
ハヨンは枯葉を踏みしめながら、声を震わせそう言った。言葉を発す際に息が白く染まり、ゆらゆらと揺れては搔き消える。
「そんなにのんびりとしておけないのは解っていたけど、やっぱりものすごく動揺してしまったわ…。」
ムニルはそうため息混じりに答える。確かにいつもの彼とは違って、表情から動揺や憂いが透けて見えた。いつもは笑顔でいることが多く、感情が上手く読めないのだ。
「…とりあえず、リョンに早く伝えないと…。今から走るよ」
町中では少しでも怪しまれないように走ることはやめていたのだが、人の気配も感じない今なら大丈夫だろう。ハヨン達は急斜面を勢いよく駆けて行った。
リョンヘとソリャは穏やかに言葉を交わしていた。いつもと変わらないリョンヘの様子を見ると少しだけ心が落ち着く。ハヨンは走るのをやめ、数歩歩く。
リョンヘ達はハヨンとムニルの気配に気がついたらしく、会話をやめた。
「ハヨン、ムニル、お帰り。どうかしたのか?そんな真っ青で。」
ハヨンは深呼吸をする。少しでも落ち着いてこのことを伝えたかったのだ。
「リョン…。城から徴兵令が出たみたい。戦が始まる。」
空気が凍りついたように感じた。腹の底が冷たいように感じる。ハヨンはリョンヘがどう返してくるかわからず、緊張していた。
「そうか…。ついにな。」
思ったよりも静かな声で返事が返ってきた。彼の目を見ると、そこには強い光があった。絶望は微塵も感じていないようだ。
「俺は父上、リョンヤン、親しくしていた貴族や将軍達がどうなっているのか解っていないことが不安だ…。なんとかこの戦を耐えて、みなの無事だけでも確認したい。」
「耐える、とは…?」
ハヨンは何を問うべきか迷ったが、まずはそう言った。
「俺としてはこの戦、勝つことを目的とはしていない。まずは仕掛けてきたやつを退却させることだ。…まぁ、状況が詳しくわからないと何ともいえないけどさ。とりあえず、一刻も早く城へ戻ろう。」
そこで戦の話は終わってしまった。ハヨン達は買ってきた弁当をすぐさまたいらげ、その場を後にしたのだった。