第10章 誤解
やはり彼女は――、何か隠している。
見たくなかった光景に木手の胸は締め付けられていった。
少しだけ残っていた彼女を信じたいという気持ちも、音をたててむなしく崩れ去っていく。
胸にぽっかりとあいた穴は木手に大きな喪失感を味わわせた。
重たくなった足をなんとか持ち上げながら木手はロッジへと引き返した。
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「明日、ここを脱出しましょう」
偵察の報告も何も無しにロッジに帰って来るなり木手は開口一番そう言った。
木手の言葉に、ロッジで待ちくたびれたようにしていた2人が一瞬目を丸くした。
「しんけんか?(マジかよ)永四郎」
「ええ。前からそう言っていたでしょ」
「けど…いいのか、如月さんのことは」
「…彼女が、なんだと言うのです?」
鋭い木手の視線に甲斐は一瞬怯んだが、意を決して口を開いた。
「やー、しちゅんやんに?(お前、好きなんじゃないのか?)」
ロッジ内がしん、として空気がピンと張りつめる。
鋭い目を甲斐に向けたまま動かない木手と、その視線をまっすぐ受け止めている甲斐を、平古場は息をのんで交互に見つめた。
ただ成り行きを見守っているだけの平古場も張りつめた糸のように緊張してしまう。
「くーくぇー(後悔)しねーか?」
「…彼女はあちら側の人間ですよ。何を後悔すると言うんですか、甲斐クン」
「やー、それたしかかぁ?本人に確かめたのか?1人で思い込んで疑っちょるんあんに?(疑ってるんじゃないのか?)」
甲斐の言葉に木手の理性は音をたててはじけ飛んで行った。
跡部と如月の重なり合う影が木手の頭にフラッシュバックし、彼の血を一気に沸騰させた。
甲斐に自分の気持ちの一体何が分かるというのか――、沸騰した血が熱く木手の体を駆け巡った。
「しなさりんど(殴り飛ばすよ)」
木手が甲斐の胸ぐらを掴んで拳を振り上げたところで、平古場はようやく木手を止めにかかった。
いつものように冗談で言っているのではないのが、怒りに震える木手の拳から伝わった。
見たことのない木手の表情に平古場の心は穏やかではいられない。
そんな平古場をよそに、甲斐は殴られそうになりながらも平然と木手を見据えていた。
木手の言う事にここまで反発する甲斐も今まで平古場は見たことがなかった。