第9章 嘘
「…分かった。」
「とりあえずロッジに戻るか…美鈴、手を貸してくれるか?」
言って跡部くんは私に近づいて、腕を肩に回してきた。
「扉を開けたら演技開始だ。ミスるんじゃねぇぞ?」
嘘だらけのこの合宿で、私はどこまで嘘で身を固めればいいのだろう。
木手くん達だけでなく、他の子達も欺いてきたのに、またさらに嘘を重ねないといけないなんて。
胸が重苦しくなってくる。
管理小屋から出た私達の様子を見て、それを見つけた鳳くんが遠くから慌てたように駆け寄ってくる。
「どうしたんですか跡部さん!」
「毒蛇に噛まれたの。応急処置はしたんだけど、ロッジで休ませようと思って」
口がカラカラに乾いてうまく言葉が出ているか心配になるが、鳳くんは気にする様子はなかった。
しんどそうな跡部くんの姿が衝撃的のようで、他に意識がいっていないようだ。
「お、俺背負っていきます!跡部さん!」
「いらねぇ。自分で歩ける。そこまで重症じゃねぇよ」
後輩の申し出をすげなく断り、跡部くんは私が肩を貸す形でロッジまで歩みをすすめた。
途中何人も心配そうに私達のそばに駆け寄ってきては、短く会話をして離れていく。
それを浜辺にゆらめく篝火のそばの紫色のユニフォーム姿がじっと見つめているのに気づく。
ハーフフレームの眼鏡が曇って見えて、表情を窺い知ることはできなかった。
ただ彼の視線が自分に注がれているような気がして目をそらせなかった。
『好きじゃない』
彩夏ちゃんに言った自分の言葉が頭の中に響く。
口をついて出た言葉は、多分、彼の耳にも届いてしまったのではないだろうか。
彩夏ちゃんのことを応援すると約束したのに、まだ心のどこかで彼のことを諦められないでいる。
いくら嘘で身を固めても、この想いだけは――。
視界が滲み、木手くんの姿がぐにゃりと形を崩していく。
涙がこぼれてしまう前に彼から目をそらして、跡部くんを支えてロッジへと急ぐ。
ロッジの手前まで来たところで、こらえていた涙の粒が零れ落ちていった。
「おい、どうした――」
いきなり涙を流し始めた私に跡部くんは驚いたように声をあげた。
言ってぐいっと跡部くんに顎をつかまれ顔を彼の方に向けられる。